お題「地元では当たり前のものなのに、実は全国区ではなかったものってありますか?」
小学2年生の頃、国語の音読が嫌いだった。
本を読むことは嫌いじゃないし、漢字も得意で突っかからずに読み上げることはできる。人前で大きな声で話すことも苦手ではない。算数も得意だったしクラスでは一応「頭がいい」グループに入っていた。
ただ、私が音読すると時折クラスメイトからクスクスと笑い声が漏れるのだ。
自信なさげにボソボソと読んで笑われるならともかく、スラスラ読んでいるのに笑われる。教師も私の声を遮った。指摘はアクセント。友達によると私は「訛っている」のだという。
前日の宿題の音読練習で指摘してくれなかった母に恨みの報告をした。なぜ直してくれなかったのか。おかげで恥をかいたじゃないか。それでも母はアクセントは間違っていないと言う。
私が現在住んでいるのは東北で、私が幼少期から結婚前まで住んでいた実家は車で5分のところにある。
「出身地」と言われれば今住む場所になるのだと思うが、私の両親は近畿地方の生まれ。父の転勤でこの地へやってきてそのまま住みついて40年以上経つ。父はいまだに関西弁が抜けず、母も酔っぱらうとふにゃふにゃと地元の言葉を話し出す。
「子供が将来英語堪能になるために、我が家では英語しか使いません」なんていうマダムの教育方針があるが、逆もまたしかりで、幼い頃から関西アクセントの手本を聞いて言葉を覚えたので私もそうなってしまったのだろう。
さて、一応優等生の看板を背負っている自分が得意なはずの国語でクラスメイトに笑われるのはどうしても納得がいかない。悶々としているとテレビからNHKアナウンサーがニュースを伝える声が聞こえてきた。当時の国営放送の信頼度は高く、中でも夜のニュースはエース級のアナウンサーが担当していることを子供ながらに感じ取っていた私は毎日そのアナウンサーの読み上げるニュースを聞くことにした。小学生には難しい言葉の羅列の中、音読で出てきたワードが飛び込んできた。私のアクセントで合ってる!!
それからは自信をもって音読することにした。自分が100%合ってるかはわからない。でも、他人の指摘の方が100%合ってるかとも限らない。そんな不確かなものに振り回されて自分を閉じ込めるのは嫌だ。
ただ、同時に「郷に入っては郷に従え」という言葉も覚えた。
「訛っている」という指摘にすぐに応えてその場で直す。ただ心の奥では「訛ってるのはそっちだけどね!」なんて悪態をついたりする。
両親の帰省や冠婚葬祭で大阪に行った時は親戚に合わせて西のアクセントになる。新幹線や車での帰り道「東北」という文字が目に飛び込んでくるとスッとそれが抜ける。
あれから数十年。この地での友人や経験が増えて年齢を重ねるたびこちらの言葉も自分の言葉となりつつある。カ行に濁点がついたり、ペンが「書かさらな」くて困ったり、昨日作った煮物が「アメて」て辟易したりする。それでも誰かに話すわけではない独り言は関西弁でブツブツ言ってたりする。「ダイアリーにワードをライトする」ルー大柴みたいなことになってる。
もはや東北弁と関西弁のバイリンガル。
困ったことに身内に関東出身がいないので、標準語だけはいつまでも話せない。