ドラマに出てくる「受験生」に憧れていた。
袢纏を羽織り、目の前には「必勝」と筆で書かれた半紙、夜の深い時間になると母親が温かいココアをおぼんに乗せて部屋をノックする。ココアで一息ついてさあもうひと頑張り。
実際には寒い北国の冬にスカスカの袢纏は寒いし、あんな上手に必勝の文字を書けてたら習字の先生あたりを目指してただろうし、自室下のリビングからはバラエティ番組で爆笑する母の声が響き渡ってきた。そもそも現在の自分のレベルを落としさえしなければ何とか合格するであろう進学先を選択していたのでそこまで切羽詰まって深夜まで机にかじりついていなくてもよかった。
それでも、「受験生」なんて人生でそうそう体験できるものではない。
19時半ごろ夕食を終えるととりあえず布団に入った。私は”深夜”に勉強したいのだ。でも睡眠は大事。母の笑い声も子守唄だ。22時に目覚ましが鳴る。家族全員が入り終えた風呂にゆっくり浸かる。スッキリしたところでコーヒーを淹れる。風呂あがりゆっくり体温が下りてくると眠気が襲ってくるように身体はできているのだからココアなんかで癒されてちゃだめだ。この頃には家族はもうみんな寝静まっていて、理想の勉強環境が整った。ラジオのスイッチを入れる。受験生の応援団と言えば深夜ラジオ。英単語も歴史年号も全然覚えられなかったけどサブカル系の曲には強くなった。目標の職業を「ハガキ職人」に一瞬変えたくなった。
5年近く書道教室に通っていたのに字が下手だったので毛筆の「必勝」は諦めて当時愛読していた芸人のエッセイから一節をボールペンで書いてデスクマットに挟んだ。そばには好きなアイドルのブロマイドを添えて。
午前3時を過ぎると番組によってはラジオの挨拶が「おはようございます」に変わる。私は深夜に勉強したいので「早朝」に切り替わったら勉強は終わり。23時から3時。1日最大4時間。睡眠6時間。さほど勉強してないしたっぷり寝てる。
受験勉強はしんどいとか追い込まれるというイメージだが、私は毎日楽しかった。多少形は違えど憧れの受験生を演じられて満足だった。睡眠はちゃんと取っていたし、精神的に安定してたし、一応机には向かって参考書を開いていたからカケラしか覚えてなくてもちりも積もればなんとやらで少しずつ成績は上がっていった。深夜ラジオでいろんな曲に出会えたし、DJからたくさんの言葉と知識を得た。
「受験生」として過ごすって実はとても贅沢なことだよね、大人になってそう思う。
今を大事に。